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広島高等裁判所 昭和25年(ネ)144号 判決

控訴人 井上忠志

右代理人弁護士 吉田正之

被控訴人 井上千よの

右代理人弁護士 水田謙一

右復代理人弁護士 三宅清

主文

原判決を次のように変更する。

控訴人は被控訴人に対し又鍬、唐鍬各一丁及び田植綱を引渡せ。

控訴人は被控訴人のため、広島県芦品郡近田村字宮前九百四十四番地の二の宅地に、東側所在納屋木造瓦葺二階建一棟及び倉庫木造瓦葺二階建一棟の西側に接し同所控訴人方本宅との間に建設した長さ約二間余高さ約六尺余の板垣を取除いた上、控訴人方表門への通路を開放しその通行を妨げてはならない。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分しその一を被控訴人その一を控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠関係は被控訴代理人において当審証人沼田弘一の証言、当審被控訴本人尋問の結果を援用し、控訴代理人において当審証人滝野章人の証言、当審控訴本人尋問の結果を援用した外はいづれも原判決事実摘示と同一なのでここにこれを引用する。

理由

被控訴人は大正二年頃後妻として控訴人の父井上精三に嫁したが当時精三には先妻との間にできた十五歳の長男控訴人及び十歳の次男章人が居り、その後被控訴人との間にも大正四年三男正志大正九年長女満子、大正十四年次女艶子の一男二女をもうけたこと、精三は昭和四年七月二十五日死亡し控訴人がその家督相続をなし、その後控訴人が精三所有名義であつた主文第二項記載の近田村の宅地、家屋全部を承継したとしてその所有権移転登記手続を了したこと、昭和二十四年四月頃控訴人の家族は右実家に移住し控訴人も同年十月同所に引揚げたこと、その後間もなく被控訴人等は同邸内の東側に在つて本宅と別棟をなす納屋木造瓦葺二階建一棟及び倉庫木造瓦葺二階建一棟(以下本件家屋と略称する)に移り現在別世帯を営んでいること、被控訴人等が本件家屋に別居した後控訴人において被控訴人主張のような板垣を建設したことは当事者間に争がない。

被控訴人は本件家屋を含む前記宅地、家屋は全部昭和二年十二月頃控訴人の父精三より贈与を受けた旨主張するが右主張に副う原審並に当審証人沼田弘一原審証人井上正志の各証言、原審並に当審被控訴本人尋問の結果は輙く措信し難く他に右事実を確認するに足る何等の証拠がない。

次に被控訴人は精三の死亡した昭和四年七月二十五日より控訴人の帰郷した昭和二十年十月まで引続き所有の意思をもつて本件家屋を平穏公然善意無過失に占有していたので十年の取得時効完成しその所有権を取得した旨主張するが前段認定のように被控訴人が贈与を受けた事実が認められず、贈与を受けたと信じて占有した事実又は他に所有の意思をもつて占有していた事実についてはこれを認めるに足る証拠はないから右主張も理由がない(この点に関する前示沼田弘一、井上正志、被控訴本人の各供述も信用し難い)。

被控訴人等が本件家屋に別居した後控訴人は被控訴人主張のような板垣を設置したが右は被控訴人等が従来使用していた表門を通行させないために過ぎず、被控訴人等が本件家屋に居住する以上単に妨害のためのみの右工事は権利の濫用として許されないと主張するので考えてみるに、原審における証人井上正志、井上緑の各証言、検証の結果に弁論の全趣旨を綜合すれば次の事実が認められる。

控訴人等が近田村に帰郷して被控訴人と共に実家の本宅に同居していた頃控訴人の亡妻の母と被控訴人との間に不和の状態が生じ、控訴人は右亡妻の母に味方して被控訴人に逆い遂に被控訴人等に対し本件家屋に別居することを要求し前示のように昭和二十年頃被控訴人は長女満子、次女艶子を伴い本件家屋に移住したが、被控訴人は農業を営み農繁期等には邸内の空地を使用して仕事をなし控訴人等家族の意を介せず我が物顔に振舞うため更に不和をつのらせ、その後控訴人が日本刀を所持していることの嫌疑で進駐軍の取調べを受けたことがあり、このような取調べを受けるに至つたのは被控訴人の密告によるものであると推量し、控訴人は愈々被控訴人等に対する厭悪の情が切なるものとなつたためここにあえて被控訴人等が居住せる本件家屋と控訴人等の居住せる本宅とを遮断し、被控訴人等がその邸宅の表門を使用できないようにするのは勿論、事実上右本宅の方には一切出られないようにする意図の下に前記板垣を建設するに至つたものである。而して右板垣は被控訴人等が現住せる本件家屋の西側の縁と三尺乃至六尺を隔てているのみで、ためにその室内は昼間も尚薄暗い上に同家屋の他の三面は外壁で囲まれ、従て四面を全く遮断されていて実に陰惨な状態におかれ、被控訴人等はやむなく東側の壁の部分に約二尺位の破壊口をつくり、更に本件家屋に接して築かれている邸宅の外廓の土塀にも続いて破壊口をつくり、この下の高さ約五尺余の石崖に梯子をかけ、右石崖に沿うている下の公道に通じられるようにしてかろうじて外部と交通している状態であり、従て被控訴人等は邸内の井戸水も使用できず用水は近隣に貰い水をなし、農作業も近隣の空地を使用さして貰つている状態である。

以上の事実が認定できる。

右認定の諸般の事情を考えてみると控訴人の右措置は被控訴人等に対する厭悪の情に起因し被控訴人等をして単に困惑させるための目的にでたものと認められるから(原審並び当審における控訴本人の供述によると盗難予防の目的であると言うがこの点は信用できない)、自己の所有土地とは云いながら権利行使の適当な範囲を逸脱し権利の濫用となると共に、控訴人、被控訴人は姻族一等親の関係にあつて同一邸内に居住しているから民法第七三〇条、第八七七条第二項の規定の趣旨に鑑みても少くとも控訴人は被控訴人が従来から平穏に居住を続けているのを認容すべき義務があり、従て被控訴人等の本件家屋の正常な使用状態を妨害して日々極めて陰惨な生活を余儀なくさせることの許されないことは勿論で、控訴人としては前記板垣を速かに取除いて表門への通路を開放し、その通行を妨げてはならないし、井戸水を使用させる等被控訴人等をして本件家屋の正常な使用状態に復さしめる義務があるものと謂わねばならない。

次に被控訴人は下駄箱一個その他の物品の引渡を求め、現品が控訴人方に存在することは当事者間に争がないので該引渡義務の存否について考えてみるに、原審証人井上正志、井上緑の各証言に弁論の全趣旨を綜合すれば、又鍬及び唐鍬各一丁並に田植綱がいづれも被控訴人の所有であることが認められ右認定に反する部分の右井上正志の証言は輙く措信し難く、他にその余の物品が被控訴人の所有であることを確認するに足る証拠はないから控訴人は右三品については被控訴人に対して引渡す義務がある。

然らば被控訴人の本訴請求中、前記板垣を取除いた上控訴人方表門への通路を開放しその通行を妨げてはならないことを求める部分及び前記三品の引渡を求める部分は正当であるからこれを認容すべく、爾余の請求は失当として棄却すべきである。原判決は右認容部分の外所有権移転登記手続請求を認容しているので変更を免れないから民事訴訟法第三八六条、第三八四条、第九六条、第九二条、第八九条を適用して主文のように判決した。

(裁判長裁判官 岡田建治 裁判官 佐伯欽治 松本冬樹)

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